若い頃のベートーヴェンはとても社交的な人間でした。 <br />自慢のピアノ即興演奏を披露しては貴族のサロンを賑わし、 <br />才気あふれる新進の音楽家として持て囃されていたのです。 <br />その姿は時代の寵児ともいうべき花形スターそのものでした。 <br />そんなベートーヴェンを耳の病が襲い始めたのは、いよいよこれからという20代後半のことでした。 <br />人との交流を楽しみ、あれだけ社交的だった男は徐々に人を避け、自らの病を悟られまいと孤独を愛する者に変貌していきました。 <br />自然を散策しては草木を愛で肌で風を感じ、聴こえない耳で鳥たちの声を聴くことが日課となっていきました。 <br />ベートーヴェンは自然の中にこそ、見えない神の存在を感じていたのです。 <br />ピアノソナタ第15番はそんな日々の暮らしから生まれました。 <br />同時期に書いていた第14番「月光」の終楽章の激しさとは対照的に、この第15番は穏やかでたおやかな、満ち足りた気分にあふれています。 <br />ちょうど交響曲「運命」と「田園」がそうであったように、彼はまったく性格の違う作品をあえて同時に書くことがありました。 <br />そうして自分の中のバランスを保っていたのかもしれません。 <br />ベートーヴェン自身はこのソナタに特に表題はつけませんでしたが、作品の持つ牧歌的な雰囲気から後に出版社が「田園」と表記したため、これが通称として一般的になり広まっていきました。 <br />作曲されたのは交響曲「田園」より数年前の1801年のことです。 <br />第1楽章は低音が刻む持続音が心地よい安心感を生み、その上で自由に遊び戯れるかのように旋律と和音が奏でられていきます